建司の書斎

「キリスト者の希望」、「愛を学ぶ」等の著者、故相澤建司の遺稿説教原稿・聖書研究など。

ロマ書、異邦人の使徒  ロマ15:14~21

1998-19(1998/5/17)

異邦人の使徒  ロマ15:14~21

 「わが兄弟たちよ、あなたがたに対する私個人に関することだが、あなたがたが善意にあふれ、あらゆる知識によって満たされ、互いに忠告できるということを私は確信している。私があなたがたに書いたものは、部分的には相当思い切ったものであった。神から私に与えられた恵みによって、(すでに聞いている福音を)あなたがたに思い出すためである。異邦人たちのためにキリストに仕える者として、私は神の福音に祭司的に仕えているが、異邦人たちの供え物が聖霊をとおして浄められて神の御心にかなうものとなるためである。かくてキリスト・イエスにおいて神に対して自分を誇る理由が私にはある。というのは異邦人たちを信仰の服従に導くために、キリストが私をとおして、言葉と業をとおして、しるしと奇跡の力で、御霊の力で働きたもうたことを宣教するほかは、私はあえて言うべきことはないからだ。
 かくて私はエルサレムから各地を巡ってイリルコまでキリストについての福音を満たしてきたが、しかも私の名誉はキリストの御名がすでに称えられた地には福音宣教をしなかつたことだ、他の人の基礎の上に建てないためで、むしろ聖書に次のようにある『彼についていまだ説教されていなかった人々が彼を見、いまだ聞いていなかった者たちが認識するであろう』(イザヤ52:15)」。
 14節。ここではローマ教会が霊的に成熟しているとパウロはいう。それは「善意・知識・忠告」という霊の賜物を彼らが持っていて、その点にパウロは心配していないと。
 16節の「仕える」は祭儀的な意味より広く、もっと日常的な役者。パウロは神によって使徒として立てられた、ガラ1:1。しかもここでは「異邦人たちのための使徒」としてである。「異邦人たちの供え物」はやや難しい。パウロ使徒的宣教の務めを「祭司の供え物を捧げる行為」の比喩を用いて、パウロは「神によみせられる供え物として異邦人たちを神に捧げた」という。「異邦人たちの供え物」とは異邦人教会自体のことである。この供え物・異邦人教会は、洗礼における神の働きかけで罪から《浄められること》に与っている。
 17節。かくてパウロは、「キリスト・イエスにおいて神に対して《自分》を名誉に思う理由がある」という。その内容は《パウロ使徒的活動をとおしてキリストご自身が働いておられる》という一点である。異邦人が信仰の服従へと到達するのは、キリストの業である。異邦人のこの服従パウロの「言葉と業」とおして起きた。ここはパウロの宣教理解の重要な見解である。パウロは、真の福音、十字架による無条件の救いを説いた「十字架につけられたキリスト」(第一コリ2:2)をである。「信仰と割礼の二つ」(「別の福音」ガラ1:6、ヤコブ派)を説くことも「自分の信仰体験を誇る」(「私は完全である」ピリピ3章、「自己推薦、第二コリ10:12以下、「別のイエス」「別の福音」第二コリ11:4)ことをしなかった。むしろ「自分の宣教をとおしてキリストが働いておられる」との認識があった。これは使徒であるパウロに特別に与えられた「恵み」であった。これを現代における宣教と比較すると、現代においては「教会や宣教者の活動をとおしてキリストが働いておられる」とはいえまい。使徒的宣教においてキリストが働きたもうと言い切れるのは、使徒に対してのみいえる。それは使徒たちに限定される。これに対して各時代、現代の宣教について云えるのは「御霊の力の働き」である。
 19節後半。「エルサレムから」はパウロの伝道の地の意味ではない、パウロエルサレム伝道をしていないからである。イルリコはアドリア海東岸、アルバニアのあたり。ここもパウロは伝道していない。「エルサレムからイルリコまで」は、福音の広がりをいったもので、東方の全領域、帝国の東半分を意味していよう。
 20~21節。パウロは「キリストがいまだ称えられいところでの福音宣教」開拓伝道を自分の名誉だという。