建司の書斎

「キリスト者の希望」、「愛を学ぶ」等の著者、故相澤建司の遺稿説教原稿・聖書研究など。

戦乱(2)  イザヤ8:1~14

1998-39(1998/10/4)

戦乱(2)  イザヤ8:1~14

 1-4節 「主は私に言われた、『大きな羊皮紙を取り、その上に分かりやすい書き方で《マヘル・シャラル・ハシュ・バス》(分捕りは早く、掠奪は速やかに来る)と書きなさい』と。そのため私は、祭司ウリヤとエベレクヤを信頼しうる証人として立てた。私は預言者の妻(原文では女預言者)に近づいた。彼女が身ごもって男の子を産んだ。主は私に言われた『この子にマヘル・シャラル・ハシュ・バスと名づけなさい。この子がお父さんお母さんと言えるようになる前に、ダマスコからはその富が、サマリアからはその戦利品が、アッシアの王の前に運び去られる』」。
 シリヤ・エフライム戦争の結果、アッシリアによるシリヤとイスラエルの敗北、滅亡についての、イザヤの預言が的中したことの証人として神が祭司たちを立てるという。預言が成就するまでの期間は2年ほどという。イザヤの息子の名は7:3の「シャル・ヤシュブ」と同様、象徴的。
 5~8節「主は重ねて私に言われた『この民はゆるやかに流れるシロアムの水を拒み、レジンとレマリアの子[ぺカ]のゆえにくずおれる。それゆえ見よ、主は大河の激流を彼らの上に襲いかからせようとされる。(アッシリアの王とそのすべての栄光を)。激流はどの川床をも満たし、至るところで堤防を越え、ユダにみなぎり、首に達し、あふれ、押し流す。インマスエルよ、その広げられた翼は、あなたの国土をおおいつくす』」
 「シリアムの水」はエルサレムを流れる水道の前身に当たる小川。「静かに流れる」は王や民の神への信頼とその結果生まれる安らかさ。「捨て」はイザヤがした戦乱についての預言をアハズ王らが拒んだこと。神信頼をこわしたのはシリア・エフライム軍に対する恐れからである。結果はアッシリアのユウフラテス川の「大河の激流」のユダ王国への襲来である。
 11~14「主はみ手をもって私をとらえ、この民の行く道を行かないように私を戒めていわれた 『あなたはこの民が《謀りごと》と呼ぶものを何ひとつ《謀りごと》と呼んではならない。彼らが恐れるものを恐れてはならない。その前におののいてはならない。万軍の主のみを《謀りごとをなす者》とせよ。あなたがたが畏れるべきお方は主。あなたがたがおののくべきお方は主。
 主は《謀りごと》となり、つまづきの石となる。イスラエルの両王国にとっては、妨げの岩、エルサレムの住民にとっては仕掛けの網となり、罠となられる。多くの者がこれに妨げられ、倒れて打ち砕かれ、民にかかって捕えられる』」。
 12節の「謀りごと」は翻訳が難しい。「陰謀」(協会訳)「反逆」(関根訳)「同盟」共同訳「連合」(ルタ一)、「謀りごと」カイザー、ヴィルトベルガ一。
 12節後半。地上的な軍事的なエルサレル包囲は決して真の「謀りごと」ではない、「はかりごとと呼んではならない」は、真の謀りごとは、神のみ手にある13、14節。だからシリア、エフライム軍の進攻は決して謀りごとよ呼ぶな、そして決して彼らを恐れてはならないとい意味。
 13節。ここは「万軍の主を聖とせよ」が普通の訳、ルター、協会、関根。しかしカイザー、ヴィルトベルガーは「主を謀りごとをなす者とせよ」。この訳では、シリア・エフライム軍と「万軍の主」が対置されて、真に「謀りごとをなすのは」包囲軍ではなく「主だ」というイザヤの見解が述べられている。この「主の謀りごと」は民にとっては決して善きものではなく、むしろ厳しい審判である、5節以下。一つはアッシリアの進攻、蹂躙ともう一つは神に捨てられること、8:17。
 14~15節。「主は謀りごととなり、つまづきの石、さまたげの岩、仕掛けの網、罠となる」。14節の「謀りごと」を、「聖所」(協会訳)「聖なる逃れ場」(関根訳)と訳す。そして神を畏れる者にとっては、「主は聖なる逃れ場となる」が、他方「イスラエルの二つの家(王朝)にとって」「エルサレムの住人にとっては、主はつまづきの石、さまたげの岩…となる」(14節)と、関根の注解はいう。この部分は28:16と関連するであろう。パウロのロマ9:33は14節と28:16をふまえた引用である。パウロによればイスラエルは、イエス・キリストをとおして与えられた神の義を拒否することで、神ご自身に対して咎ある者となった。イスラエルにとってキリストがつまづきの石となったという。
 さらに、歴史的に見ると、ここは「イスラエルの二つの王朝の滅亡の原因についての判断に述べている」といえる。北王国イスラエルは722年に、南王国ユダも587年(140年後)に滅亡するが、この滅亡にいたる原因は、外国の政治勢力(シリア・エフライム軍とアッシリア)への王や民の人間的恐怖が、神に対する畏れの念を欠落させた点にあったとイザヤはみた、と解釈できる、カイザー。「これは(滅亡と国土の廃墟化)はあなたがたが自分の救いの神を忘れ、自分の避け所なる岩を心にとめなかったからだ」17:10。ユダの王と民にとってこの政治的状況・危機自体は神の引き起こされたものであって(「主は謀りごと」)、王と民が神信頼を失ったことへの神の答であるといえる。敵軍すなわち、シリア・エフライムやアッシリアイスラエル(アハズ王や民)に勝つとすれば、それは敵軍の神の勝利ではなく、神ヤハウエの勝利である。このような状況では「従来の神の姿」が転倒してみえる。神は王や民にとっては、もはや「危機にあっての避け所なる岩」(イザヤ17:10、詩31:4)であることをやめて、夜の旅人にとっての障害物「つまづきの石、さまたげの岩」となって立ちふさがる、という。