建司の書斎

「キリスト者の希望」、「愛を学ぶ」等の著者、故相澤建司の遺稿説教原稿・聖書研究など。

Ⅵーパウロの復活理解-5 復活からみたイエスの十字架の意味

復活からみたイエスの十字架の意味
 大祭司カヤパと総督ピラトの有罪判決に対する神の判決
 イエスの復活は、イエスに対する「歴史的な訴一訟」すなわちイエスに対してはられたレッテル「瀆神者」「反乱指導者」「神に見捨てられた者」に関して《神ご自身の側からの判決、回答》であった。マルコ、マタイがしるした最後の叫び「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか」との神義論的問いへの回答でもあった。
 「あなたがた(ユダヤ人)は、聖にして義なるお方(イエス)を否認し、人殺し(バラバ)を赦されるように嘆願した。あなたがたは生命の先駈けであるお方を殺してしまった。このお方を神は死人の中からよみがえらせた。私たちはそのことの証人である」(行伝三・一四以下、ペテロの説教、 ヘンヒェン訳)。
 イエスの復活は、死人の復活があるかないか、奇跡一般が起こるかどうかを自然科学的な地平で問うテーマではない。むしろ古代ギリシャ古代イスラエルで発せられた、歴史における神の正義の支配に対する問いかけ、神義論のテーマと関連している。生前のイエスの宣教、癒し、全権要求(イエスを受け入れる人々を神は受け入れられる)、神の慈しみ(神の国)の到来の告知は、もしイエスの復活がなかったとしたら、共に十字架つけられた熱心党員らと同様に、十字架の死をもって挫折し終ってしまったであろう。先の行伝の箇所はイエスの復活が、生前のイエスの活動に対する神の然り、全面的な是認であったことを示している。
 「旧約聖書に見い出される個人の復活の信仰への接近は、正義の成就に対する要求に帰すべきものである」(フオン・ラート「旧約聖書神学」第一巻)。「不死性を切り開くことは、ユダヤ教においては預言者ダニエルをとおして初めて起こった。そしてその背後の不死性の動因は、地上における長命や幸せな生活への、昔からの願望から超越的に引き延ばされてきたものではない。むしろこの動因はヨブと預言者から、《義への渇望から》きたのだ。死後も生き続けることへの信仰は、地上における神の正義に対する疑問を鎮めるための手段の一つとなった。なかんずく復活信仰はそれ自体、法的道徳的なものとなった。…熱望された復活に対する根本モチーフは今や威嚇的となる。それは《失われた地上の審判を[その人の死後において]回復すること》を意味するからだ」(ブロッホ「希望の原理」)。
 ブロッホのこの見解について、 モルトマンはこう述べている、
 「多くの神学者らよりもE・ブロッホのほうがより正しく理解したことだが、復活への希望は、けして幸福への人間的な希望ではなく、むしろ神の義への待望を表現している。したがってその希望は神と神の法とのために神に対する希望を述べたものである」(「十字架にっけられた神」)。イエスの復活のもつこの「神の義への待望」という核心を明らかにしたのは、モルトマンの業績である。
 イエスが神に見捨てられて死んだこと、その十字架の死の時点で発せられたイエスのあの叫びについても、新しい視点から解釈が可能となるはずである。
 イエスの苦難と十字架の死の時点では、《弟子たち》はその救済的な意味を理解できなかった、と思われる。イエスの苦難と十字架刑において弟子たちの信仰が打ちこわされた点についてはすでに言及した(マルコ一四・二七)。ではどのようにして、イエスの十字架の死のもつ救済的な意味が理解されるようになったのか。それは、イエスの復活をとおしてであった。
 「キリストの死人からの復活の光に照らして初めて、キリストの死はただ一回的な救済の意味を獲得する」(モルトマン「十字架につけられた神」)。「キリストは『神の力によって生きておられる』(第二コ
リント一三・四)ということが、初めてキリストの死と十字架を救いの出来事にしたのである」(レンクシュトルフ「ルカ注解」)、「ローマ四・二五[イエスは私たちの過ちのために、死に渡され、私たちが義とされるために復活させられた方である]、第一コリント一五・三[キリストは私たちの罪のために死んだこと]、などの言葉によって知られるのは、十字架と復活との相互関係であり、両者の即事的な関係によって、イエスの死の意味は復活祭によって初めて解明される」(シュラーゲ「新約聖書におけるキリストの死の理解」)。

エマオの弟子たちへの復活させられた方の説明
 復活のイエスご自身がエマオに向う弟子たちにこう語られた、
 「(復活の)イエスは二人に言われた『ああ、預言者たちが言ったことを何ひとつ信じない、悟りの悪い、心の鈍い人たちよ。メシアは《必ずや》このように苦しみを受けて、栄光に入ら《ねばならなかった》のではないか』。そしてモーセ(五書)とすべての預言者から始めて、聖書全体においてメシアについて論じていることを二人に説き明かされた」(ルカ二四・二五以下)。
 ここでの眼目は、復活のイエスご自身が弟子たちにメシア(キリスト)の苦難について旧約聖書が証言していることを解明する点にある。ここの「かならずや…ねばならない・デイ」は神によって定められた必然性のことであるが、この神的必然はメシアの受難が「はじめのうちは理解できない、ぞっするような謎に満ちた出来事」であることを示している(ブルトマン「ヨハネ伝註解」)。イエスの受難「メシアは必ずや苦しみを受けなければならない」は、神的必然として表現されてはいるが、その表現でもなかなか解明しつくされないような謎として示されている。言い換えると、復活の光に照らしてしか、復活した方ご自
エスの受難の謎は解けなかったのだ。
 ルカ伝は旧約聖書の具体的な箇所はあげていないが、メシアの受難の預言として、イザヤ五三章は決定的に重要である。
 「彼(苦難の僕)の運命を誰が考えるであろうか。彼は生者の地から切り取られ、われらのとが(咎)のゆえに死に遭遇したのだ(五三・八)。…ヤハウエの計画は彼を打つことであった(五三・一〇)。…見よわが僕は栄える。彼は高められ、非常に高く挙げられる(五二・一三)」。
 「イエスの十字架の死」について、パウロは二つのポイントを述べている。
 一つはロマ八・三二「神はご自身のみ子をさえ惜しまないで、私たちすべての者のために彼を(十字架へと)《引き渡された》。その神がどうしてみ子と共に万物を私たちに賜らないことがあろうか」。ロマ四・二五「私たちの過ちのために《死に渡された》お方」。ここにある「渡す・ディドマイ、引き渡す・パラディドマイ」は、受難用語で、放棄する、見捨てる、引き渡す、という意味である。
 「神がご自分のみ子を『(死に)引き渡される』ということは、新約聖書の前代未聞の陳述に属す。『引き渡す』を『派遣、贈与』という意味に弱めてはならない。『引き渡す』ということにおいて出来事となっているのは、キリストが父により全く意図的に死の運命へと委ねられたこと、神がキリストを破壊するもろもろの力(ローマの総督であれ、刑の執行者であれ)へと服させること、神がキリストを罪とされたこと(第二コリ五・二一 「神は罪を知らない方を私たちのために罪とされた」)、キリストが神から呪われた者であること(ガラ三・一三「キリストは自ら私たちのために呪いとなられた」)である」(ポプケス、モルトマン「十字架につけられた神」から引用)。
 もう一つは、ガラ二・二〇「神のみ子は私を愛し私のために《ご自分を放棄された》」(参照エペソ五・二五「キリストが教会を愛して、そのために《ご自分を(死に)引き渡された》ように」)。これらの箇所では、イエスの自己放棄が述べられている。
 「パウロはイエスの神の子性を復活の栄光という色彩をもってではなく、むしろイエスの苦難と十字架の死をもって描いている。ここでは神のみ子は神なき、神に見捨てられた世界における神の代理者、啓示者である。つまり神はイエスの放棄と苦難と十字架の死において代理され、ご自分を啓示される。しかし神がご自分を代理され啓示されるまさしくその場合には、神はご自分とイエスを同一化され、本体を明らかにされる。それゆえパウロはこう言うことができた。『神はキリストにおいて存在しておられた』(第二コリ五・一九)。これは論理的には次のことを含んでいる、すなわち《神ご自身が》私たちのためにイエスにおいて苦難され、私たちのために神ご自身が死にたもうということ。《私たちのために》神ご自身がイエスの十字架においていましたもうこと。そしてイエスをとおして神なき者と神に見捨てられた者との父になられたこと」(モルトマン、前掲書)。
 イエスが十字架につけられた時、神は何をしておられたのであろうか。キリスト唯一神論(キリストモニスムス)では十字架の出来事は解明できない。イエスの十字架においては《神は沈黙なされていなかった》。イエスが神に見捨てられたことにおいて《神はけして不在ではなかったのだ》。人間たちがイエスを裏切り、引き渡し、死に委ねたことをとおして、神はイエスを放棄された。しかしながら神はイエスの十字架を冷ややかに傍観しておられたのでない。神はみ子イエスのもとに行動なさっていたのだ。み子の苦難において父ご自身も神に見捨てられる痛みを苦しまれ、み子の死において神ご自身に死がもたらされたのだ。神に見捨てられた人間たちに対する愛のゆえに、ご自分のみ子の死を苦しみたもうたのだ。イエスの十字架の出来事は、もっぱら神と神のみ子との間の出来事として私たちは理解しなければならない。
 イエスの弟子たちは、イエスの捕縛、苦難、死の時点では、イエスを裏切り、否認し、つまづき、倒れ、逃亡しただけであった。イエスの復活顕現に出会って初めて《ではあの十字架は何であったのか》との問いなおしを彼らは迫られた。
 パウロはイエスの復活を「神の行為」とみた。「イエス・キリストを死人の中からよみがえらせた父なる神」(ガラテヤ一・一)。「神は主をよみがえらせた」(第一コリント六・一四)。行伝三・一五「神はイエスを死人の中からよみがえらせた」においても、復活は神の行為である。
 特にロマ四・二五「主は私たちの罪科のために死に《引き渡され》、私たちが義とされるために《よみがえらされた》」においては、キリストの死とよみがえりは密接に結びついている。「死に渡された」は、受難用語で神的受身形、すなわちイエスの死も神の行為である、とされている。
 パウロはイエスの十字架において神がどうされたかについて語る、
 「神はキリスト《の内にいましたもうて》世をご自身と和解された」(第二コリント五・一九)。ここは通常「キリスト《において》神は世をご自身と和解された」と訳され(協会訳など)、「いましたもう」が省略されるが、直訳ではこうなる。バルト、モルトマンもこの訳をつけている。神は、キリストの内にいまして、十字架において行動され、ご自身の存在をもって、死にゆくキリストにおいて行動され苦しまれた、とパウロは言っている。神はキリストの十字架において、われここあり、と語られたのだ(モルトマン、前掲書)。
 神はこのようにイエスの苦難と死において沈黙されなかった。弟子たちに見捨てられ裏切られ、弟子たちは散りじりにされ、人々はイエスをローマの官憲に引渡し、十字架刑に渡したことによって、神ご自身がイエスを引き渡したというべきである。み子の叫び「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになるのですか」(マルコ一五・三四)は、父なる神が子なる神を見捨てるという前代未聞の出来事を告げる。あの叫びは、イエスの父とみ子との間の、父なる神と子なる神との、神と神との間の出来事、神と神との敵対関係として、神が神を見捨てる出来事を告げている。シモーヌ・ヴェーュもイエスのあの叫びを「キリスト教の神性についての真の証明」 と呼んだ(「重力と恩寵」)。
 「み子の受難において父ご自身が神に見捨てられたことの痛みを忍耐された。み子の死において死は神ご自身の上に至り、父はみ子の死を見捨てられた人間たちに対する愛のゆえに忍耐される。それゆえ十字架の出来事は神と神のみ子との間の出来事として理解されねばならない。父がみ子を苦難と神なき死へと引き渡すことによって、神はご自身に対して行動される。神がご自身に対して苦難と死という仕方で行動されるのは、ご自身において生命と自由を罪人たちに開くためである。…イエスの苦難と死とはご自身に向っての神の業であり、それゆえ同時に神の受難である。神はご自身を超克され、ご自身を開示される。神は人間たちの罪に対する審判をご自身の上に引き受けられる。神は人間がこうむるべきことをご自身のせいにされる。それゆえイエスの十字架は、神における一つの《心の転換》、神の内部での反乱、『他なる神』を啓示する。そして神におけるこの出来事が十字架での出来事である。この出来事によってキリスト教的には、単純ではあるが、しかしあらゆる形而上学的、世界史的な神の理念と矛盾するところの定式が与えられる『神は愛である』という定式がである」(モルトマン、前掲書)。
この引用の中で、イエスの十字架における「神の心の転換」はホセア一一・八を想起させる。「エフライムよ、私はどうしてあなたを捨てることができようか。イスラエルよ、どうしてあなたを(滅びに)渡すことができようか。…わが心は《私に逆らって転換し》、わが愛(隣れみ)は激しく燃えあがっている」。
 十字架の死はイエスご自身の出来事であったが、復活の出来事の光に照らしてみると、それ以上に神ご自身の出来事、罪人を救う神の愛の出来事(ロマ五・八)であることを明らかにしている。