建司の書斎

「キリスト者の希望」、「愛を学ぶ」等の著者、故相澤建司の遺稿説教原稿・聖書研究など。

女性たちの服従  ルカ8:1~3

1998-40(1998/10/11)

女性たちの服従  ルカ8:1~3

 「その後起きたことだが、イエスは町から町、村から村へと回り、説教し、神の国を福音として宣教された。十二弟子と数名の女性たちがイエスと共にいた。女性たちは悪霊や病気から癒していただいた人々で、七つの惡鬼を追い出していただいた、いわゆるマグダラの女、マリア、そしてへロデの管財人、クーザの妻ヨハンナ、そしてスザンナと他の多くの女性であった。女性たちは自分たちの財産によってイエスをまかなった」
 この箇所は、イエスの弟子たち(十二弟子よりも広い意味での)の他に「女性の弟子たち」について取り上げた珍しいもの。この女性たちの特徴は《すべてがイエスに病気を癒していただいた者たち》であることにある。イエスに病気を癒された人々は従来の生活へともどっていって、とりわけイエスの弟子になったとか、イエスの後に従ったという例はまれである。ところがここで名があげられている女性たちは「イエスと共に」伝道旅行に同伴したとある。
 「ヘロデの管財人、クーザの妻ヨハンナ」。ヨハンナという名は珍しく、ヘブル語では「神は恵み深い」の意味だという、ボッフォの注解。「管財人・エピトロポス」は管理人、管財人、代官、監督者などの意味。政治的領域ではなく、経済的領域のそれらしい。つまりクーザは大王の次男でガリラヤの領主へロデ・アンチパスの、支配するある地域の財政管理人か、あるいは「ヘロデの私財の管財人」かである。どうも後者らしい。
 モルトマン・メンデルの「イエスを巡る女性たち」は、ヨハンナについて述べている、「ヨハンナはへロデの宮廷出身である。優柔不断から、イエスの処刑を要求する敵対関係へと至る(へロデ宮廷の)中途半端な同情と自分の夫と宮廷を捨てて、イエスに追順する過激なヨハンナの決断とはくっきりと対照をなしている。それにヨハンナは裕福さと配慮との供給者となるばかりではない。彼女はイエスの処刑の場にいあわせたガリラヤの女性グループの一員であり、復活の場でも彼女の名はあげられている。ヨハンナはイエスと連帯し大臣の妻であり宮廷のかつての一員であるという身元が明らかになる危険を冒す。ヨハンナはイエスに従うということを本気で徹底的にやった新約聖書の政治的女性像である」
 モルトマン夫人は取り上げていないが、ヨハンナもイエスによって病気を癒してもらったはずで 「イエスの癒しとと悪霊追放の力の体験者であった」(ジュールマンの注解)がこれについてルカはしるしていない。
 マグダラのマリア。名前。「マグダラの」は彼女の出身地マグダラ、ガリラヤ湖の西岸にある町。「の」は出身のという意味。欧米ではマリア・マグダレーナ。この町は漁業と魚の加工所、商業が盛んな町であった。
 マリアについては、病名がはっきりしている。「7つの悪鬼を(イエスによって)追い出していただいた」と(マルコ16章でもそうある)。「7つ」は決して「7つの大罪・淫蕩で男漁りをする姦淫の女」(教会史においてはられたレッテルで、7章の「罪の女」と重ね合わされた)を意味していない。「7つの悪鬼」は彼女が重い精神疾患にあったことを示す。イエスは癒しにおいて、他の惡霊追放と同じく、彼女の手をとり、あるいはかき抱いて、言葉で話しかけて彼女にとりついた惡鬼を追放なさった。そして癒された彼女もヨハンナと同様、故郷、従来の生活、家庭、夫?を捨てて、イエスに追順した。モルトマン夫人は、教会史では彼女を未婚でまだ若く、美人(ルーベンスの絵画などは豊満な女性)とみなしたが、決してそうでなく、「かなり年配で、結婚していたであろう。彼女はその結婚から財産をえたであろう」という。イエスに従って旅する弟子集団の女性グループの筆頭は、このマグダラのマリアであった。
 さて取り上げたいポイントが3つある。
 第一に「奉仕する」3節終り。奉仕自体は広い概念をもつ、例えば「給仕する」22:26以下。「客をもてなす」4:38以下。眼目はイエスの伝道グループは「旅の費用」をどうしたかである。文脈的には「女性たちは自分たちの財産をもってイエスに(「彼らを」の写本もある)仕えた、費用をまかなった」という意味になる。彼らは「自分たちの財産・持物で」という場合、クーザの妻ヨハンナは家を出るときにかなりの自分の財産を持って出たと考えられる。マグダラのマリアも、結婚(あるいは離婚)によって得た自分の財産をもっていたであろう。この二人あるいは他の女性のものも含めて、彼らの財産がイエス伝道グループの費用をまかなった、と解釈できる。
 第二のポイント。十字架の証人。彼らはまた、イエスの十字架の目撃証人であった、23:49「ガリラヤからついてきた女性たち」。イエスの理葬を見届けた、23:55。空虚な墓の発見者となった、これには、マグダラのマリアとヨハンナの名がしるされている、24:8。さらに復活顕現に出会った。マタイ28:1、にはマグダラのマリアの名がある。ヨハネ20:11~18にはマグダラのマリア一人への顕現がしるされている(マルコ16章にも)。男性の弟子たちは復活顕現には出会ったが、十字架、埋葬には立ち合っていない。しかしながら、マグダラのマリアは十字架、埋葬、空虚な墓、復活すべての目撃証人であった。その意味では彼女は真の「女使徒」であった。
 第三のポイント。当時のユダヤ教社会では、男女の集団が一緒になって寝食をともにして、旅行する事態は、タブーであり、スキャンダルであり、それだけでその集団は社会的信用を失い、憤激の的とされた(エレミアウス)。しかしイエスは女性を差別されず、説教、癒しの対象とされた。「もはや男も女もない」ガラ3:28は、イエスの集団においてすでに実現していたのである。そしてこの集団においては、支配と被支配は転倒され、いわゆる「下働き」食事の用意や給仕、洗濯や足を洗うことなどは、言葉の奉仕より高く評価された「指導する者は給仕する者のようになれ」22:26。